林税理士事務所
事務所でできること
林卓也の「税を学ぼう!」
T-FAX通信
行ってみよう♪
リンク
執筆本
お問合せ
サイトマップ
林卓也ブログ「本の戯言」
毎月更新!経営マガジン
WEBセミナー
ビジネス書式集
経営リンク
やってはいけない!会計・税務の落とし穴 個人事業者編
「やってはいけない×会計・税務の落とし穴」の第2弾が、ソフトバンク・クリエイティブ出版から刊行されました。
やってはいけない!会計・税務の落とし穴
本を出しました。
超初心者から読める内容です。
コラムだけでも楽しめると思います。
林 卓也より
T-FAX世界の国のページ
T-FAX通信TOP >> T-FAX世界の国
T-FAX税金のページ T-FAX政治のページ
T-FAX経済のページ T-FAX世界の国のページ
T-FAX身体のことのページ T-FAXブレイクのページ
T-FAX書評・音楽評のページ T-FAXバックナンバーのページ

2008年 No.96〜
112. 「火中の栗を拾う」という言葉の使い方 2008.9.30掲載
111. 興味のある人とない人 2008.9.30掲載
110. 妙な説得力 2008.8.31掲載
109. 中国の少数民族とは 2008.8.31掲載
108. 日本人もびっくり 2008.7.31掲載
107. 女性税理士たちの事件簿 2008.7.31掲載
106. 「うるーる」と走ることについて語るときに(村上春樹風) 2008.5.30掲載
105. 中学生の夢 2008.5.30掲載
104. 東京マラソン疾風録F 2008.3.1掲載
103. 東京マラソン疾風録E 2008.3.1掲載
102. 東京マラソン疾風録D 2008.3.1掲載
101. 東京マラソン疾風録C 2008.3.1掲載
100. 東京マラソン疾風録B 2008.3.1掲載
99. 東京マラソン疾風録A 2008.3.1掲載
98. 東京マラソン疾風録@ 2008.3.1掲載
97. アイデアはどこで生まれるのか 2008.2.1掲載
96. 深慮遠謀の人 2008.2.1掲載
2007年 No.73〜No.95
2006年 No.53〜No.72
2005年 No.32〜No.52
2004年 No.30〜No.31
2003年 No.27〜No29
2002年 No.19〜No.26
2001年 No.2〜No.18
2000年 No.1

112.「火中の栗を拾う」という言葉の使い方 2008.9.30掲載 
 先日、北京五輪の野球監督星野が、WBCの監督について「火中の栗は拾わない」とブログで言っていると報道がありました。「お前が決めるのか」と日本の野球ファンの95%人が憤ったことでしょう(たぶん)。また、「火中の栗はおまえだろ」「火中の栗が火中の栗を拾うのか」と日本の漢検3級の受験者の80%の人が「そんな使い方ってあるのか」と鉛筆を地面に投げつけたことでしょう(きっと)。
辞書を調べてみると、「火中の栗を拾う」とは、猿におだてられた猫が、囲炉裏の中の栗を拾って大やけどをした寓話から、自分の利益にならないのに、他人のために危険を冒すたとえとあります。
自分の利益にならないけど、あえて他人のために危険を冒してこそ「男」であるならば、さっさと「男星野」の看板は下ろして、WBCの監督になるなどの夢想をしないことが、これからの日本野球のためになるであろうと、野球というスポーツを愛する人の99%が思っていることでしょう(絶対に)。


111.興味のある人とない人 2008.9.30掲載 
 前回、北京オリンピックの監督コーチはちゃんと選ぼうよということを書きましたら、何と3人もの方から賛同を受けました。大学からの友人Tなどは「おれはNPB(日本プロフェッショナル野球組織)に、WBCの監督は星野にさせるな」と長文のメールを送ったと激昂していました。
 興味のない人は全くないことなのでしょうが、興味のある人にとってはとても重要なことです。
 興味がないと言えば、私の愚妻は北京五輪で北島康介選手が200m(100mの後にやった方)で優勝して雄叫びをあげた時に「この人は平泳ぎで有名なの」と語り、私と子供は思わず目を合わせ呆然としたものです。興味がないということは恐ろしいものです。
なんで日本は韓国に負けたのか、朝何を着ていこうかしら、ビールの後はワインにするか日本酒にするか、東坡肉(とんぽうろう)には紹興酒か、生牡蛎にはドライシェリーか吟醸酒かはたまたアルザスの白ワインか、欧米か(古!)、あっ、自分だけの興味を書いてしまいましたね。失礼しました。


110.妙な説得力 2008.8.31掲載 
 最近、外国人だけの店員しかいない飲食店が増えてきました。フランス・レストランや韓国料理などのように母国料理をメニューにしている飲食店にはそれなりの覚悟があっていきますが、ラーメン屋や牛丼屋でそのような場面に遭遇すると戸惑うことが多々あります。
 上野のラーメン屋に入ると「ナニタベマスカ」という彼は日本語があやふやで何を言っているかよくわからないので、ほかの店員に助けの目を求めると、なんと最初の店員が一番日本語堪能の男だったのだ。彼に「×●▽▲・・・」と5回言われたので「OK、OK」と答えていたら、絵のメニューを指さすので、見てみると、「麺は1.5倍になります」と書いてあった、最初から見せてくれればいいのに。
 会社の近くの牛丼屋では、「50円のお新香はどのくらい入ってるの?」との私の問いに「コノクラい」と手で大きさを示してくれて「それじゃ、ちょうだい」と注文すると、なんと白菜の切れ端が3枚のみしかなく、「これじゃ少ないよ」と彼女に苦情を申し立てると、「ショウガナイネ」と言われた。そうか、しょうがないのか、彼女の説得力のある言葉に妙に納得してしまい黙々と牛丼を食べました。
 また、外国人の店員だけの店にはこういう効能もあるのだ、と、妙に説得されてわが心の内にある「抗議の炎」も消されてしまう、妙な空気が漂っているのだと、考える次第です。


109.中国の少数民族とは 2008.8.31掲載 
 北京オリンピック開催でクローズアップされたのが中国の少数民族問題です。
中国には56の民族があるのですが、そのうち漢民族は92%、残りの8%が少数民族になります。
と言っても、人口2万人以下の本来の少数民族はその56の中にも数えられていません。
 その少数民族の中、独立を求めているのがウイグル族(900万人)、チベット族(600万人)、蒙古族(450万人)です。また、少数民族の中で最大人口のチワン族(1600万人)は、漢化し、独立を目指すこともなく、それなりに自治をしているようです。
 その他の多くの少数民族も中国語以外は話せない年代が増えてきて、自らの民族の歴史も知ることなく漢化されていきます。さあ、どうすべきなのか、私は踏み込んで論ずることはできませんが、ここからは皆さんで考えてみてください。


108.日本人もびっくり 2008.7.31掲載 

 先日、カレー屋さんの社長のインドの方とお話をして、「インド人は数学に強くて、勉強熱心なんですよね」と私が言うと、「そんなことないですよ、数学に強い人は少しだけ、勉強もできる人だけがするよ、日本人もそうでしょ」と言われて、何故かすごくほっとしました。
また、すべてのインド人はガンジス河で歯を磨き、顔を洗い、死体も流したりするこんですよね、という先入観(実は先入観だった)の元、話を聞いてみると、
私「社長もガンジス河で体を洗ったりするんですよね」
社長「んー、川の水は汚れているから入ると病気になるかもしれないよ」
私「あーそういう思いで入る人もいるんですね」
社長「僕は無理かなあ、入るの、いやよね」
私「えっ、国民の皆さんは1年に1回は、入るんじゃないんですか」
社長「入るのきついよ、入れないよ」
そうだったんだ、皆入るんじゃなかったんだ、インド人も、いや、日本人もビックリの事実でした。



107.女性税理士たちの事件簿 2008.7.31掲載 

 先日、女性税理士が数人で食事をしたそうです。メニューは食事が3,900円のコースで飲み物は別料金だったそうです。宴は和やかに終了し会計の時にその事件は起きました。会の中心人物でもある穏やかで人格優れた歳のほど70歳前後と思われるA先生は言いました。「皆さんの支払は3,000円でいいですよ、残りのお金は私が払うから」、A先生は豪気にも一人当たり900円と飲み物代を支払う宣言を高らかにしたのです。A先生は以前お話ししたときに、いつも腰にお付けになっているウエストポーチに常に4〜5cmの1万円札が入っていて、私が「先生、危ないですよ襲われますよ」と言うと、「あら、襲う時はお金だけじゃだめよ、ちゃんと体も奪ってよ」と言われる豪の方です。
  そのA先生に対してB先生は言った、「私はお酒は飲まなかったので他の方と同じ値段では嫌です」、その場の空気は凍りつき、「えっ」とシーンとなった皆さんの前でA先生は再び高らかに宣言したのです、「じゃあ、あなただけ料理代の3900円払ってね」、心の中で拍手喝さいをする皆さん方の前で、B先生は渋々と3000円を支払ったのでした、、、事件簿完了。



106.「うるーる」と走ることについて語るときに(村上春樹風)2008.5.30掲載 

僕の家に住む三匹の犬のうちの最若年のトイプードルの「うるーる」は走るのが大好きだ。僕が東京マラソン出場に向けて練習を始めてから今日に至るまで1日も欠かすことなくランニングに付き合ってくれる。10kmだろうと20kmだろうと軽々と走る抜ける彼女は風に溶け込んだ水彩画のようだ。
  二つの川にはさまれた土手を走っていると、「うるーる」の息吹が聞こえてくる。ちらりと後ろを振り返ると彼女は「にやっ」と笑い返してくる。でもそんな彼女にも弱点はある。土手から川に落ちても自力で50cmは段差のある石垣に前足をかけて登ってくるパワーを持つ彼女にも苦手はある。
  1つが他の大きな犬で、2つ目が小さな自転車、そしてなんといっても大の苦手は「うずくまった小さなおばあさん」だ。川沿いは畑だらけなのできっと農家のおばあちゃんたちの散歩の途中なのだろう。
土手の道は狭いので、前を歩く人や前から来る人とはかなり接近してすれ違うことになる。そんな時、彼女の「ハアハア」という息吹が聞こえなくなる。後ろを振り返ると彼女ははるか後ろでお座りをしている。苦手なものたちとすれ違うことができないのだ。
  自転車も小さなおばあちゃんも「うるーる」にとってはみんな大きな犬に見えてしまうのだ。それでも、なんとか苦手を克服して彼女は僕の元に全速力で走ってくる。走ることが大好きなのだ。



105.中学生の夢2008.5.30掲載 

 私の子供の級友たちが、中1の最初と最後に国語の授業の課題で書いた「個人新聞」には、これからの自分の未来予想が書かれており、そこには現代の子供の将来の夢・・・実に現実的で空想的でない・・・社会やら家族やらを冷静に見つめた上での予想図を描かれています。一例と私の感想を少し。
  A君 19歳免許取得アルバイト→21歳事故入院3日で退院、会社に入る→30歳震度7の大地震→38歳感染症(新型)がはやる→42歳感染症にかかる→50歳完全に治って元気になる→60歳重い病気にかかる→61歳手術に成功また元気になる→68歳花粉がひどく呼吸困難になる→69歳永眠・・・・なんかとてもつらい人生だなあ、特に42歳から8年間がつらそうだ。
  B君 中学生になりたての時は夢は「大リーガー」であったが、中1最後には「大リーガー」または「会社員」・・・・現実を知ってしまうことは良いのだろうが、夢を捨てるのはまだ早いぞ。
  Cさん 16歳志望高校入学→20歳大学法学部入学→25歳司法試験合格→30歳判事としての長い道スタート→40歳やっと裁判官になる→45歳地方裁判所勤務→53歳高等裁判所勤務→58歳最高裁勤務→65歳新たな趣味、音楽・・・・がんばってね、なんかの時は僕を助けてね。
  等々、あるのですが一番多いのが、○○歳宝くじに当たる→●●歳年金しっかりしろよと思う→◎◎歳年金生活に入るというパターンです。自分ではそんなには稼がないけど波風立たない人生と言いましょうか、現実直視といいましょうか、それにしても年金のこともよく分かっているなあと感心もします。
  ちなみに私の子供は唯一人、他の誰も書かないことを中1の最初にも最後にも書いていました、「働いて稼いだお金でうまいものを食いまくる」・・・・えらい、がんばって稼いでお父さんにもごちそうしてね。この言葉にお父さん感動したな、育て方間違ってなかったなあ。



104.東京マラソン疾風録F2008.3.1掲載 

F食べ物
  世間一般的なマラソンのイメージでは、走っている間に食べ物は食べない。テレビで高橋尚子を見ていても、途中でバナナは食べない。でもやはり6時間以上もぶらぶらしているとお腹がすく。そこでスポンサーから供給されるバナナを食べてみるが、それほど食欲はそそられない。アミノバリューはうれしかったが、それでも水分だ。



103.東京マラソン疾風録E2008.3.1掲載 

Eゴール
  銀座から、有明に向かうと残りは5kmくらいになる。ヒザもモモも痛いうえに足裏に豆もできて、周りの人たちと幽霊軍団のように歩いていく。その上、海の冷たい風が真正面から襲ってきて、とても寒い。最後のカーブを右に曲がるとゴール地点が見える。体力はまだあるが、足がもういうことをきかない。最後は走りたかったがそれもかなわなかった。でも完走の満足感は疲れた体を温めてくれた。
  フィニッシュ地点で、完走メダルをもらい、43番の荷受け場所で預けた荷物も受け取り、着替えようと更衣室に向かう。女性は手前、男性は奥側から入るとそこは大きな体育館のような建物で、何と中は男女一緒だった。まるで混浴の宝川温泉のようだ。しかも私が陣取った場所のすぐ近くには係りのかわいい女の子がいるので着替えづらい。 汗まみれのパンツまで着替えたかったが、ジャージのみの着替えで我慢をした。女性はもっと大変そうで、競技用スパッツの上からGパンをはいている人もいた。
  しかし、家で飲んだビールは旨かった。足は痛いが体力は残っていたので旨かった。食欲はなかったがビールは旨かった。終わりよければ…ではなく、「ビール旨けりゃそれで良し」、チャンチャン。



102.東京マラソン疾風録D2008.3.1掲載 

Dむかついたこと
  最初の15kmは「マラソンって楽しいなあ」って気軽に走っていたが、だんだんとひざが痛くなってきて、半分走って半分歩くしかなくなってきた。それが20km付近でトイレに入って出てくると、一回止まったせいだろうか、足が全く動かなくなった。生まれたての仔馬が立っては転びしているあの状態になってしまったのだ。しばらく佇み歩きだし、ゴールまで結局、浅草の下町も銀座の街も歩き通すことになった。その間、アナウンサーや3流どころの芸能人が私と前後になりながら歩いていた。その時不思議だったのが、芸能人のK俣が前の方に行ったはずなのに、しばらく行くとなぜか後ろから出現するのだ。 「なぜだろうか」と思っていたが、あとでビデオを観ると、なんと彼らは時々ベッドの上でマッサージを受けていたのだ。許せないなあ、アンフェアだなあ、むかつくなあ。



101.東京マラソン疾風録C 2008.3.1掲載 

Cハイテク・マラソン
  東京マラソンは、ゼッケンと一緒にGPSを渡される。右足の靴にくっつけておくと、5kmごとのラップを携帯やパソコンで知ることができるのだ。当然、ゴールしたことも分かるので、ゴールをしたらたくさんの祝福メールをいただいた。6時間24分でこんなに祝福を受けたのだから、この日とても体調が良くて奇跡的にあと4時間20分速く走れて優勝でもしたら返事が大変だったろうなあと、もうろうとする頭で思った。 また、東京マラソンのホームぺージにアクセスすると、なんとフィニッシュした全員のゴールシーンを観ることができるのだ。ハイテクなのだ。



100.東京マラソン疾風録B 2008.3.1掲載 

B走るときの格好
  ここでレースの1週間前に話はさかのぼる。「マラソンを完走するための読本」などを読んでいると、日比谷にランニング用品専門店があることが分かり、遅ればせながらマラソンのためのウェアーやグッズを買いに行く。店内は魅力的なものばかりで目移りがするが、その中でも目を引いたのが「店長もお勧め、ヒザに負担がかからないスパッツ」だ。女性の店員に「これは本当にひざに負担がかからないのですか」と聞くと、「かなり効果的です」と力強く言う。購入意欲がわくがちょっと気になったことがあったのでもう一回質問をした。「モッコリしませんか」、するとその美人(たしか)店員は「する人としない人がいると思いますが、気になる人は上に何か履いてください」とのアドバイスをくれた。
  かなりの期待をして買ったのだが、結果的には履かなかった。と言うのも、寸前の練習で履いてみると、当然モッコリするのだが、ひざが痛いのは一緒だったからだ。1万2千円也、損をした。



99.東京マラソン疾風録A 2008.3.1掲載 

A父の形見の時計
  マラソン大会事務局のマニュアルを読むと、スタートの遅くなるJ組は、荷物を預けてからスタートまでの時間が1時間はかかるので、真冬の朝に立ったままで1時間耐えるような服装を着てくださいと書いてあった。当日の朝、「何を着こもうか、カイロも貼り付けようか」と迷っているうちに時間が経ち、宿泊先のホテルをあわてて出たら、腕に時計を付けるのを忘れてしまった。時計がないと走行時間が分からないので会社に寄って1月に亡くなった父親の形見の時計をポケットに突っ込んで持っていった。物欲が全くなかった父なので、安っぽいグレーのGショックだ。ところが、荷物を預けて左腕を見てみるとそこには忘れていたと思っていた時計があった。あれほど携帯荷物を軽くしようと考えていたのに、時計が二つになってしまった。 「そうか、親父も来たか」、普段は親父などと言わないのに、「親父も一緒に走るのか」とウエストポーチのヒモに親父の時計を巻いて一緒に走った。なんとはなしに空を見上げると、青い空にぽっかりと心配顔の白い雲が浮かんでいた。



98.東京マラソン疾風録@ 2008.3.1掲載 

@スタート 
2008年2月17日、朝9:10に第2回東京マラソンは新宿都庁前をスタートをした。
  15万人の応募のうち、当選した人は3万人で、その内5千人は10km、2万5千人は42.195kmのフルマラソンを走る。普段は閑散としている日曜日の新宿の朝は平日の満員電車内にその様相を一変させた。スタートをする順番は大会に申込みをする時に、完走時間を自己申告し、そのタイムの早い順にA〜Jの組に分けられる。私は予想タイムが「6:30」なので、最後尾のJ組に入った。
  前々日に、ゴール地点のイベント会場でゼッケンと一緒にもらった大きなビニールの袋にその日着ていったジャンパーや帰りの服を入れて預ける。トラックでゴール地点まで運んでくれるのだ。私のゼッケンは「J43539」なので、43番のトラックで運ばれていく。
  そろそろスタートのはずだ。左手の電波時計は9時10分の表示をしているが、J組地点からは、スタート地点が遠すぎてスタートの号砲さえ聞こえてこない。しばらくして、係の人の「前方に移動してください」の合図でぞろぞろと歩きだす。スタート地点についたときは、もう9時30分であった。



97.アイデアはどこで生まれるのか 2008.2.1掲載 

さて皆さんは、物事を考えたり、アイデアを練ったりするのに最適な場所はどこですか。
約1000年前の中国は宋の欧陽修という人が、「文章を書いたり、アイデアを練ったりするには、三上にかぎる」と言いました。「三上」とは、「馬上、枕上、厠上」(ばじょう、ちんじょう、しじょう)のことで、馬に乗って揺られている時や、寝しな、トイレの中でしゃがんでいるときはリラックスして、良い考えが生まれるということです。
この中では、私にとって考えるに最適な場所は「馬上」です。と言っても、馬の上ではなく、電車の中にその場所を求めます。私は毎日事務所の行き帰りに電車に乗ります。行きに昨日の出来事と今日の予定をモールスキン社のハードカバー手帳に書き込み、やらなければいけないことやアイデアが浮かぶともう一つの「なんでも帳」に書き込みます。
でも、もっと好きな環境は、机の前の椅子の上です。机周辺は、今はやりの整理術のお手本のような整然としたきれいな空間であってはいけません。机の上には乱雑に面白グッズや文房具が散らばり、机の周りの書棚・カウンターには様々な本やCD、DVDが所せましに差し込まれたり積み上げられています。その背表紙やタイトルを何気なく見たりする時にアイデアが浮かびます。
よって、新「三上」として、「車上、机上、本上」を提案します。
さあ、皆様はどこでアイデアが浮かびますか。トイレの中ででも考えてみてください。


96.深慮遠謀の人 2008.2.1掲載 

「おれは税理士に飽きたから、これからはお前がすべてやれ」
「そ、そう言われても、ぼぼくには」
「もちろん、お前が対処できないことは手伝ってやるから、そうしろ」
  これは、15年前くらいの父と私の会話です。私が税理士になって2〜3年経ってくらいの時でもあります。また、父が最初の大病にかかったころでもありました。
  「あまちゃん2代目」(謙虚だ)、「親の七光り」(おれだよ)などの名をほしいままにしていた不肖の息子(おれおれ)は、途方に暮れた、「どうしよう」。
  「それとな、おれの経験から碁とゴルフをやりだすと、のめりこんで仕事ができなくなるから基本的に禁止な」、遊び盛りの30歳台を謳歌しようとしていた不良息子にとどめの一言が突き刺さります。
その後、「おれはいつ死ぬかわからないから、聞きたいことがあったら今うちに聞いておけ」と驚かされ、否が応でもやらなければならなくなった2代目は、本人が宣言した通り税務の仕事からは手を引いた父の助言を受けながらも段々と力をつけ(なんちゃって)、立派に育っていきました(おい、おーい)。
そうやって最後の2年間くらいはもう一切税理士の仕事をしなくなり、そして徐々に自分の影響を無くしていきながら静かに息を引き取ったのです。
これはもしかしたら理想の事業承継方法ではないかと父親ながら感心しています。これを15年前から見据えていたとしたらまさに「深慮遠謀の人」であったと言えましょう。
これからは空の彼方から「七つの光」を放ちながら我々を見守ってくれるのだろうと思っています(七光は消えていないのね)。


このページのTOPに戻る

takuto@wave.plala.or.jp
Copyright (C) 2004 HAYASH I accounting All Rights Reserved.